はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

 

 せっかくブログを開設したというのに意外にも書くネタがそんなにない件についてと悶々と悩んでいると、そういう筆力のない人間にはてなブログ今週のお題や今回のはてなインターネット文学賞という場を設けてくれている。これは助かる。このビッグウェーブに乗らないといけないと思い8月8日にの夜21時に書いてる。(9日に一部改訂)

 私の家にパソコンとインターネットが来たのは2001年ぐらいだ。父がいきなり買ってきたのは富士通のFMVシリーズCE8/85Lというパソコンだ。最終的には年賀状印刷マシンとなりwindows XPのサポート終了まで働いてくれた。今も押入れの中に眠っているしおそらくまだ使えると思う。

簡単なスペック↓

メモリ128MB~512MB HDD40GB CPU AMD Duron 850MHz

今から考えるとかなり低スペックでスマホ以下、それでも当時としてはハイスペックだったのではないかと思いたい。

 ネット回線はダイアルアップ回線でネットに繋ぐのも一苦労だった。『ピーゴロゴロ』という独特な音は未だに頭から離れられない。また、苦労して繋げても特に大したことはしていない。回線が遅いから、おもしろフラッシュ倉庫を見るのも一苦労なのだ。しかも、テキストサイトでさえ時間が必要になる。

 しかし、それよりも困ったことは私にはある。なんとダイアルアップ回線はネットに繋げている間は固定電話が使えないのだ。田舎でまだ専業主婦だった母は携帯を持っていなかったので家に掛かってくる電話がせき止めれ、町内会の連絡など手間取らせてしまい叱られることが多かった。

 とはいえ、ネットが家に来たというのはかなり大きかった。一例としては、明日の天気予報だ。ネット導入以前は最新の天気情報を入手する手段はNHKのニュースだ。もし、このニュースを見逃してしまうとこれもまた、軽く叱られる運命である。いざとなれば、電話の天気予報を聞くのも手であるが、それでは心もとない。洗濯物が干せるのか干せないのか分からないからだ。テレビというメディアの説得力が必要なのだ。しかも、当時は便利な乾燥機はなかったし、田舎だからコインランドリーも無かったから母としては切実な問題だったろう。それが、ネットによりいつでも情報が入手出来るようになった。情報への受動的な姿勢が能動的な行動に変化した瞬間である。我が家のIT化(年賀状印刷のソフトの設定で大喧嘩することになるのだが)への大きな一歩となったのである。なお、今では、地デジ放送でボタン一つで知ることが出来ることである。

 その後、中学生辺りになるとダイアルアップ回線からADSLへほどなくして、光回線になった。今までのネットの速度とは段違いの速さになり、おもしろフラッシュ倉庫や初期のようつべ(youtubeこと)やニコニコ動画(この時代のニコ動は19時になるとアクセス出来なくなる)を楽しめるようになった。

 NHK映像の世紀の序盤あたりに汽車の映像で沸く人たちが紹介されていたが、まさに私が似たような経験をしている。テレビ以外で意味不明な動画が映し出されているだけで何故か笑えるのだ。この感覚は今でもユーチューバーに受け継がれてるのではないかなと私は思うが面白いと思ったユーチューバーはあまりない。

 フラッシュや動画だけでなく、交友関係にも深くパソコンやインターネットは関わっていた。修学旅行の目的地の検索&東京の時刻表の検索や地元の映画館でやっていないヱヴァンゲリオンの上映をしている映画館を調べる方法。先輩がプロジェクト街というチャットをしており、19時に集合し放課後ネットで会って話し合う。また、女子に思い切ってメアドを聞いてメールで文通した甘酸っぱい思い出、エツツツなサイトのフィッシング詐欺に引っかかり似たような経験をした友人と「住所の登録とかしてないから請求書とかこないよな、な!」という苦い思い出もある。もちろん2chにもアクセスした。アンダーグラウンドネチケットを守らない下手な書き込みをすればスーパーハカーに住所を特定され祭り上がれると思い半年以上の期間を設けてROM専として読みに行くだけでレスしないという慎重すぎる行動をとっていた。お部屋晒しスレでハイスペックなパソコンを自作で組んでいるビッパーの方が写真を上げており、印象に残っている。なお、今ではそれらはいい経験だと強引に思い込んでいる。

 高校生の頃にはP705iというドコモのガラケを手に入れる。友達とは赤外線で連絡先を交換しiアプリでチャリ走の距離を競い合ってノベルゲー好きの友人とは泣きゲーのナルキッソスの感想を言い合っていた。

 ガラケによりネットがさらに身近なものになる。自分の部屋にネットを持ち込めるようになった。自分の部屋や外出中でも買い物ができるようになった。ネット通販も初めて使ったのはガラケだった。Amazonを使ってヱヴァンゲリオン新劇場版 序のDVDを買ったことは未だに忘れられない。本当に届くのか不安な部分があったからだ。また、コンビニ受け取りというサービスが親を通さず店員さんも中身を知られずに買えるので重宝した。

 ガラケで大体のことは出来るようになっていたが、残念ながら、当時はそこまで便利ではない。youtubeはガラケでも10分しか再生できないし、ニコニコ動画はガラケ専用アプリが必要でかつ、無料会員では39分までしか再生出来なかった。しかし、ネットの快楽におぼれていた私はそのような環境でも高校時代はほとんどガラケとパソコンに費やし無事ニート&フリーターになる。

 なんとか専門学校に入学することができ、強制的に買わされたパソコンはsurface RTと言うwindos RT OS搭載のタブレットPCだった。超マイナーなOSで対応してるwindowsソフトが少なくかなり不便だった。しかし、OSにofficeソフトが標準で装備されていたので学生用パソコンとしては使いやすかった。

 次にCE8/85LをDynabookと買い替えと一緒に無線LANも導入することになったので、自室でガラケよりはかなり大きい画面のノートパソコンモドキでまとめブログやRT専用の2ch専用ブラウザアプリ2ch sankaを使ってのネラー活動 youtube ニコニコ動画などネットを満喫していた。

 さらに、ガラケからiPhone6sに乗り換えている。機種変の理由としては寝転びながらネットが出来る楽さと周りがLINEを使っているのに同調する側面が強かった。意外にもスマホでのゲームなどはあまり惹かれなかった。正直なところパズドラやツムツムなどリセマラ、ガチャと今でも理解できない。結局は電子化したくじ引きではないのか?と楽しむポイントとが分からない。荒野行動やPUBG mobileなどの無限に展開できる戦いの方が楽しいのではないのかとつい思ってしまう。私もついに若い世代の感性についていけなくなってしまったのだと思うと悲しくなる。

 

 さて、最後に2021年現在の環境としては勉強机にこれまた富士通のFMVのLIFEBOOK A550/BでAmazonで1万7千円で購入した。おそらく、10年前の役所関係か法人リース落ちの中古であると予想される。iPhone6sはバッテリーがヘタってしまいUMIDIGI A7Sを1万円でAmazonで購入した。中学生の頃に見たビッパーのようなハイスペックな環境には15年近く経過しているのに、まだ構築できていないのである。

 私が把握出来る範囲でのネットの雰囲気はずいぶんとライト層が入ってきたり、(私もその一員だろうが)サブスクサービスが普及したりとネットには人も娯楽もたくさんあり楽しくなった。が、一方でアングラな感じがなくなってしまったのは残念だ。ユーチューバーは登録者や収益化に重点を置き、ゲームは課金、など金金カネかねとなんとつまらない。

 純粋な承認欲求を満たしたかっただけのうp主達はどこへ行ってしまったのだろう。全裸で毒キノコを食べてみたり栄養ドリングや精力剤を混ぜて飲んでみたりする不思議な動画は最近は見かけない。

 とはいえ、昔は良かったと言うつもりはない。今の時代はやはり便利だ。ヤフオクやメルカリも利用しているし、フリーターの癖にアマプラ会員なので映画は見放題で楽しいし送料は無料だ。オリンピックの海外のニュースを見たいと思い、粋がってBBCニュースに課金してしまった。どうしてもアングラ感的な雰囲気が出したいなら、動機は違うが某団の某団長も言っていたように、

 

「無ければ自分で作ればいいのよ」である。

 

というわけで、はてなブログでブログを開設し初めて記事を書いてみた。

 

初カキコ・・・ども・・・